[山行記録・地域研究「寒沢塾」第9回山行記録]



<地域研究「寒沢塾」第9回山行記録 >
神橋〜合峰〜滝ヶ原峠〜三ノ宿山〜薬師岳〜茶ノ木平〜歌ヶ浜

日時:2002年3月16(土)
目的:日光修験回峰行冬峰、夏峰を辿る
メンバー:CL安D、松M、斉T、森H

行動予定:
5:30神橋駐車場ー7:30合峰ー8:30滝ヶ原峠ー10:30三の宿山ー11:30大木戸山ー13:30薬師岳ー15:00細尾峠
ー16:30茶ノ木平ー歌ヶ浜(立木観音駐車場)

実際のコースタイム:
4:00歌ヶ浜(立木観音駐車場)=4:40神橋駐車場・5:25出発ー6:20送電線下897mピークー7:40〜8:00合峰
ー8:50滝が原峠ー9:56 1158mピークー10:50三の宿山ー11:20〜12:10大木戸山ー13:45薬師岳ー14:22〜45細尾峠
ー16:05籠石ー16:17茶ノ木平三角点ー16:40〜16:55茶ノ木平ロープウェイ駅ー17:24歌ヶ浜(立木観音駐車場)

記録(安D):
 今回のルートは日光回峰行の前日光〜日光部分で残っているところをすべて一遍に歩いてしまおうというものである。
このうち、滝ヶ原峠以降区間は、既に私自身は山の会入会前に歩いているが、神橋〜滝ヶ原峠区間は全く未踏である。
元々寒沢塾山行としてはヒノキガタア沢を遡行した後に、薬師岳〜神橋まで歩く計画を去年立てていたのだが、
ヒノキガタア沢遡行だけ先に終了したので(2001.8.26)、そうであれば楽な下りコースでなく、きちんと神橋から登り始め、
しかも薬師岳で終わりにせずに細尾峠から登り返して、ロープウェイを使えば数分で山頂に立てる茶ノ木平へと、
由緒正しい修験の道をルートを延々歩いてたどり着こうではないの、と欲張った計画にしたわけである。
 地図をみると神橋の標高600mから茶ノ木平三角点1618mまでは累積標高差で1800m程度と概算されるうえに、
過去の山行記録から計算すると、軽装で順調にあるいても12時間は掛かる計算になり、
残雪の状況や体調によってはビバークもあり得るだろう。こんなシンドイ山行にまず人は集まるまいと危惧した私は
、松Mさんには「毛勝三山残雪期山行へ向けての足慣らししたほうが良いんじゃない?」ともっともらしくそそのかし、
斉Tさんには「このごろ楽な山ばっかやってるから心身不調(本人曰くウツ病)なんですよ。たまにはヒィヒィいう山をやらないと」とオドし、
更にヒマラヤニスト森Hさんには、ヒマラヤのヒの字も経験ないくせに「きたる夏のカラコルム遠征に備え、体力トレに最適ですよ」と
嘘臭い勧誘の言葉をかけて、4人パーティーが結成されたのであった。
 前夜10時過ぎまでの仕事を終えて帰宅後、準備を整えて寝たのは12時過ぎ。2時半に起きて、松Mさんの待つ立木観音駐車場へむかう。
いろは坂を登ると下界の暖かさとは別世界で、道路は氷りわずかながら雪が舞っている。4時前に着くと松Mさんはもう起きている。
松M号で神橋下流右岸の駐車場へ。ここで斉Tさん、森Hさんと合流し、5:25出発。すでに夜は明け始め、ライトは要らない。
 金谷ホテルへの登り坂途中から「星宿」の祠にむかう。素朴な金剛童子がある。祠の裏手を急登すると小高いピークには
金剛堂と金剛童子。近づくとがさがさと音がして、大きな雄サルが現れ、牙を剥いて我々を威嚇する。
私はビビって目を合わせないようにしていたが、松Mさん、斉Tさんはピッケルやストックで追い払ってくれる。
サルは長い棒には恐怖を感ずるらしい。それにしてもたった一匹だけのハグレ猿だったのだろうか?
毎晩ここで金剛童子を守っていたのかもしれない、などと想像してみる。
 ピークから下るとすぐ、金谷ホテルの建物の脇へ出る。建物を迂回して、大谷川への急斜面の縁をホテル裏手へ回り、
尾根取り付きへとむかう。森Hさんの話によるとこの辺りからも鳴虫山への登路があったらしい。
廃道となった藪っぽい道跡が沢沿いにあるが、間もなくそれも消え、急な斜面を登り上げる。
尾根筋に出るとまたはっきりした道型がある。少し登ると大谷川上流の方から尾根の右側を登ってくるルートが合流してくる。
藪もなく歩きやすい道を更に登ると送電線下の広場。ここで一息入れる。女峰〜男体山がすっきりと見える。
まだ豊富な残雪を抱いている。今日はこのあと薬師岳まで一日中表日光連山を眺めての道行きであった。
 2つほど小ピークを越えてヤシオやリョウブの木立の尾根筋をゆくと、銭沢不動方面をしめす標識が現れ、
程なく尾根の左側に大規模な整地跡がある。その先の880m辺りの鞍部に最初の金剛堂を発見。「享保14年」と彫られている。
寒沢宿の金剛堂と同じ年だ。この年は回峰行ルートの大規模な整備が行われたのだろうか?
いずれにせよここが「化粧の宿」に間違いないだろう。既に倒壊した金剛堂の礎石もある。
また整地跡は金剛堂の南西側にもあり、かなり大規模な宿だったようだ。そうすると今歩いてきたピークのどれかは、
冬峰から帰ってくる行者のために松明がたかれた場所の筈だが、それらしき形跡はなかった。
更に行くと合峰への最後の登りが始まる940m付近鞍部にまた小さな金剛堂。
 結構上り下りが厳しく予定より遅れて合峰着。我々のあるいて来たコースは頻繁に銭沢不動への標識があったにもかかわらず、
入口のところで木の枝でバリケードがつくられ進入できないようにしてある。
ここにある金剛堂は、以前鳴虫山から火戸尻山への縦走の時にも見ている。休憩後、鳴虫山方向へわずか進み、
次のピークから滝ヶ原峠への踏み跡に入る。ここにも「この道は登山道ではありません」という警告の看板がある。
急降下のおわり950mあたりに金剛堂。そして鞍部から969mピークへの登り口にまた金剛堂がある。
969mピークから下ってゆくと舗装林道が見え隠れし始めるが、峠へ降り立つ最後のところで道がはっきりしなくなる。
林道の切り通しのために本来のルートは消滅したのだろう。
 峠よりわずか北側で林道に降り立ち、峠から再び三の宿山への尾根に取り付く。
登ってすぐに毛糸の帽子をかぶった愛らしい石仏がある。これは女峰山の馬立からモッコ平に登り上げたところにある石仏と似ている。
その先に900m辺りの尾根分岐のところ、差し渡し2〜3m程の露岩の北側に金剛堂が置かれていた。
森Hさんはこの辺り20年以上前にこの辺りを歩いたことがあるらしく、石仏も金剛堂も正確に覚えていた。
驚くべき記憶力である。
ここまでが、私の未踏査区間であり、中川氏の著作、「栃木の街道:修験の道」に記されているとおりにすべての
金剛堂が無事見つかったので上々の出だしである。
 一方、これ以後茶ノ木平までの遺物はすべて過去の山行で確認しているし、特に薬師岳までの金剛堂は、
昨年会長がすべて詳細な計測を行っている。進行が予定よりおくれていることもあり、ここからは縦走に専念することにしよう。
1158mピークまでは、合峰までと同様、急勾配の登り降りが頻繁でなかなか距離が稼げず、
三の宿山到着は予定より20分遅れの10:50。「日没までに茶ノ木平につかなかったらビバークね」と
言う合意が斉Tさんを除く3名の間で成立。斉Tさんは何としてでも下山したいようだ。まあこのさきのコースは夜間でも歩けるが、
私としては茶の木平から歌ヶ浜へ下る途中にあるという金剛堂が未確認なので、やはり茶ノ木平から先は明るい時間に歩きたいのである。
 大木戸山12時、薬師岳14時を目標に頑張ることにして先を急ぐ。三の宿山からの急降下で降り着いた鞍部に2基の金剛堂。
夜明け頃晴れていた空は、薄曇りとなってきた。気温は高く、汗が吹き出るので曇りの方がむしろ助かる。
標高が上がるに連れ残雪が多くなり、11:20大木戸山頂手前の好展望地で昼食の大休止。
男体、女峰の右に男鹿山塊や高原山が見渡せる。斉Tさんが餅を焼いてくれる。薬師の方から単独行者がおりてきて、
ここで休憩。埼玉の方とのこと。やはり朝5時半に出発して夕日岳からここまできたというから結構な健脚だ。12:10出発。
薬師手前の最低鞍部に金剛堂2基と屋根のない金剛堂1基。忙しなく先を急ぎ、頑張った甲斐あって薬師山頂には13:45着。
10分ほど休んで、薬師の肩へ出ずに、直接尾根筋を西へくだり、100mほどの下降で登山道に合流する。14:22細尾峠。
ここでようやく予定時間に追いつき、15:00まで休憩予定とする。
 皆意気軒昂だが、暑い中を延々歩いてきたので脱水気味だ。私の記憶では途中に水場があった筈なので、
そこでの水補給を楽しみに14:45には出発。うまく行けばロープウェイ駅に自動販売機もあるはずだ。
「オレ、コーラ」「ポカリ」「ビールはないんかい」など銘々夢見て最後の行程を頑張る。茶ノ木平への登り返しは400m強あるが、
今までの行程のようにアップダウンがないので2時間あれば大丈夫だろう。ただ残雪の具合によって踏み抜きが多いと困難かも知れない。
記憶にある水場はなかなか現れず、ようやく籠石への登り直下で無事みつかり、皆で喉を潤す。
この水場は地図には載っていないが登山道すぐ脇にあるので歩けば見逃すことはないだろう。
 籠石の岩の上に2体の金剛童子。左の一体は首が取れている。登りに連れ雪は増え、踏み抜きも多くなるがもう急登はない。
16:17本日の最高到達地点1618mの茶ノ木平三角点で記念撮影。
ここまで延々11時間の登りだったわけだ。平坦な茶ノ木平はまだ数十センチの雪があり、ときに膝上まで踏み抜き油断ならない。
それでも16:40にはロープウェイ駅着。残念なことにロープウェイは3月下旬からの営業で、自動販売機は動いていない。
しかしここから見下ろす中禅寺湖は、夕日が湖面に反射し、墨絵の様な春霞の山並みを浮かび上がらせている。
いかにも長い山旅の終わりを飾るにふさわしい眺めだ。既にフィルムを使い切ってしまった私は、
森Hさんからフィルムを貰いこの眺めをカメラに納める。
 5時前、腰をあげ最後の下り。ジグザグに下り、歌ヶ浜より北に降りてしまう一般道ではなく、
歌ヶ浜への尾根筋を下ることにするが積雪が多く、金剛堂の発見は無理そうだ。
今回の調査山行で唯一課題が残ってしまうがこの雪では仕方ないが、下るには好都合。
降りてゆくと左手に立木観音の境内、右に駐車場が見えてくる。最後尾根筋から右の急斜面を雪崩のように駆け下って
駐車場の真上にどんぴしゃり降り立つ。17:18駐車場着。きっちり帳尻を合わせてほぼ予定通りの行動となった。
 店じまいしていた店主が斉Tさんにどこから来たのか聞いて驚いている。
以前古峰ヶ原からここまで歩いてきたときも同じように聞かれてびっくりされたことを思い出す。
神橋に戻り、日光駅近くのラーメン屋で食事。明日は古賀志で岩トレも、と打ち合わせてめでたく解散。お疲れさまでした。
ちなみに私の診立通り、斉Tさんの偽性ウツ病もあっさり完治したらしい。
修験道の霊験あらたかだったといえよう。

終わりに:
 三本松から西ノ湖〜千手ヶ浜〜菖蒲ヶ浜のコースはスタートが最高地点、ゴールが最低地点であり、
これを歩いた人は「下山家」を名乗れるのだが、今回のコースはそれと美しい対をなす「純粋登山」コースである。
「登り11時間、下り30分」・・こういうキャッチフレーズに引っかかる好き者は必ずいると私は睨んでいる。
その上ヒマラヤニストも参加したことで、今後かつての修験者にかわり、
高所登山家の体力トレコースとしてもてはやされるであろう(ハズがない)。
 冗談はさておきこれが寒沢塾3年目の最初の山行となった。出流山からスタートした寒沢塾、
未踏査区間は中善寺湖南岸〜黒檜山往復〜千手が浜〜宿堂坊山〜錫が岳〜白根山〜金精峠〜温泉ヶ岳〜念仏平、
そして二荒山神社からの男体山を残すのみとなった。幸い特別困難な区間はないので、時間さえとれれば、
なんとか当初の予定通り今年中にひとまずの完了にこぎ着けそうかと思っている。
 
写真説明:
Shinkyo-Chanoki-1=合峰からの下り途中からの女峰山
Shinkyo-Chanoki-2=茶ノ木平からの中禅寺湖


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