[山行記録・実川 大江山]


山行記録           実川 大江山

日時:2001年8月26日(日)
メンバー:CLA香,T村(文),N脇,T田(記録)
目的:沢登りおよびピークハント
コースタイム:七入7:00〜入渓点8:00ー大滝 8:45ー二股10:30〜11:50(昼飯・勾玉田代10:45(ピストン))
〜稜線12:40〜大江山13:30〜沼山峠14:45〜七入16:50

記録(T田)
「いまはもうあきぃぃ,だれもいないうみぃぃ,ふたりのあいをたしかめたくてぇぇ」

 ススキの穂が風に揺れ,クズの花がぷうんと甘いにおいを漂わせる.そう,今はもう秋である.
ちょっとしんみりしたい気分になっているところへ,A香さんの美声(〜)が「まった」をかける.
今回の山行は,そんな歌声のように“センチな秋”をふりはらい,
夏に続いてますますエキサイトする季節のはじまりを予感させるものとなった.
 
 まず手はじめにハツタケ,次にチタケ.沼田街道から上曲っ沢に入っていきなりのゲットである.
「うどんに入れるとうっまいんだぁ.」とA香さん,さっそく破顔する.やがて谷が深くなり水際を歩くようになる.
「水の中にキノコはいないんだけどな」と獲物のない私はブツブツ.沢は柱状節理の美しい滝をかけ,
きれいなナメ滝を連続させる.明るくさわやかな沢の快適さにキノコのことをすっかり忘れかけたころ,
T村さんが岩魚をゲット.手掴みである.
T村さん,ニコニコと満足げな笑みを浮かべてフキの葉の上に獲物をおき記念撮影をした.
地には地の,沢には沢の幸があるのだ.
 
 勾玉田代を往復した後,二股でちょっと早いお昼御飯.私とT村さんがふたたび岩魚採りに興じている間に,
こっそりとN脇さんが一抱えもあるマスタケをゲット.ニンマリしているところをA香さんに見つかってしまう.
N脇さん,しぶしぶ獲物をみんなにお披露目.「それだけの量,まさか独り占めはないべ」という視線を一身に受けた.
キノコ採りは「みんなでいくとケンカになるからひとりで行く」のが正しい流儀らしい.

 午後はヤブ漕ぎ.さっき,自分の足の大きさほどもある大きな岩魚をつかみ損なって
一人だけすってんてんの悔しさを,ヒッパッて,フンズケて,笹へひたすらあたりちらす.
ハリブキの逆襲に遭うも半時間ほどで広い稜線についた.ここから稜線伝いに大江山を目指す.
稜線上はオオシラビソに暗く覆われ,ササが薄く快調に進める.「これならあと30分でつくんじゃねえの」と
楽勝ムードが漂うほどであった.途中,ササもまばらなこの薄暗い稜線の上にも小さな湿原を見つける.
「湿原,しつげん(出現)!」思わず口をついてでてきたオヤジギャグに我ながら苦笑.ああ,若くして宇老山会員.
*この湿原は大江山湿原と命名した.
 やがて林が切れて一面のササ原が広がる.しばし,キノコのことは忘れてひたすら藪をこいだ.ササの背丈はたかく,
身長180cm近い私が首を伸ばしてかろうじてササ原の上に目と鼻だけが出る程度だ.
この微妙な高さは,海でおぼれかけたときの息苦しさを連想させる.やっぱりヤブ漕ぎはつらい.
斜面がゆるくなってふたたび広がる林の入り口に大江山の標識をみつけた.A香さんと山に行くようになり,
7回目にしてはじめてのピークは山頂も相変わらずの藪の中.記念すべき山であるが,
もっとも近い登山道のある沼山峠までササの葉まみれになって一時間半ということも手伝って,
「こんなところには二度とこねぇ」だろう.
 
帰りの沼田街道では,頭の中が再びキノコ.全く種類をしらない私はチタケだけに狙いをしぼる.
それこそコンタクトレンズが落っこちるんじゃないかと思うくらい目をまんまると皿のように見開いて探す.
はじめはおとなしく並んで,先頭のA香さんのおこぼれを追っていた.が…,
A香さんのチタケ連続ゲットで揚げた雄たけび,「おっほっほぉ〜」
に業を煮やしたT村さんが猛然とダッシュ,先頭を走る.私も負けじと大きなビニル袋を用意して後に続いたのであった.

七入には5時ちょっと前に到着.10時間にわたる山行が終わる.
実川にかかる橋を歩きながら,その上流にある雲に煙った山々を眺めてひと息.
彼らに親近感を感じたはじめて瞬間だった.

=後日談= コンタクトレンズの矯正の度合いは何度でも無料で交換ができてしまう.
これからの季節により充実した山行を行うため,さっそく家に帰ってからめがね屋へ急いだのであった.
                   〈おしまい〉

          おまけ   = 父島が危ない =
 東京から南に行くこと1000km,常夏の島・小笠原諸島がある.
本土からの交通手段は日の出桟橋から23時間30分かかる船便しかない.日本にあって最後の孤島である.
電話が各家庭から掛けられるようになってまだ10年経っていないし,
最近までは衛星放送しかテレビのチャンネルはなかった.
また,いまでも新聞は一週間に一往復の定期便が乗せてくるが,
当然,手にした瞬間から古新聞になっている.そんな島に住んでいれば,
本土とのより便利な交通手段がのどから手が出るくらいに欲しくなるのが人情というものだろう.
近年,飛行場建設の声がしきりに聞こえてくるようになった.
 しかし,話はそう簡単にはいかない.開発と環境保護,という対立がここでも見られる.
小笠原諸島は“東洋のガラパゴス”というちょっと大げさな別名が示すようにココにしかいない固有の種が多く存在する.
しかもそのほとんどが憐れを誘うほど細々とした暮らしぶりなのである.飛行場には長い滑走路が必要となり,
ただでさえ危うい生態系を,完璧に壊滅させてしまう畏れがあるのだ.
 そんな議論が沸騰していた数年前,絶滅危惧植物の保護を手がけている人の手伝いで小笠原諸島の中心地,
父島を訪れ,当地で問題の滑走路の予定地を見た.滑走路は,
父島の南に広がるデコボコした丘陵の上をまっ平らに削って作るらしい.
大工事である上に,予定地の真下にあるダムの機能を損ないかねない.これは無理だ,そう思った.
そのことを確信させることに出会った.滑走路予定地の端っこに“朝立ち岩”なる岩がそそり立っている.
このカリの部分に絶滅危惧種の一つ,オガサワラツツジが真っ白な花を咲かせている.さて,この岩,
あまりに立派すぎて,もし飛行場を作るとなると飛行機が離陸するときにぶつかる危険があるとのことで,
飛行場を作る際には,必然的に“朝立ち岩”は折ることになる.だから絶対に飛行場を作ってはいけないのだ.
なぜって?そんなことをしたら,オガサワラツツジが絶滅してしまうし,
第一,“父島”の“ちち”たる所以がなくなってしまうではないか.(苦笑い) 
 

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