91.   37年振りの登拝祭参加・男体山    2486m
期間:2003.8・1〜2    天候:快晴
メンバー:SL鈴木 隆 佐藤忠信 伊藤道雄  地図:中禅寺湖・男体山
コースタイム:(8・1)ニ荒山神社登山口11:45−4合目(8・2)0:45-0:50−7合目1:45-1:50−山頂3:30-5:00−ニ荒山神社登山口7:30
山行記録:勝道上人がこの男体山を開山したのは782年(天応2年もしくは延暦元年)48才の時だった。これは実証性のある記録で、この様な登山記録は日本一との事(深田久弥・日本百名山より)である。
今年予定していた富士登山は仕事の関係で参加者が2名となってしまい、急遽中止とし、来年に持ち越しとなった。ならば久々に男体山の登拝祭へ参加しようと、友人3人で出かけた。
栃木人にとって男体山は母なる山と言うべきか、父なる山と言うべきか、とにかく故郷の山はどっしりとした男体山であろう。日本百名山に選ばれたのも当然と言える風格を持っている。
私がこの男体山に初めて登ったのは、小学5年生の時だった。兄達に連れられて、山開きの日に登った。日光の路面電車(別名、チンチン電車と言っていた)に乗り、さらに明智平へはケーブルカー、さらにバスを乗り継いで中禅寺湖へ着いた。その夜は湖畔で花火が打ち上げられ、深山踊りや灯篭流しと、多くの人達で賑わっていた。開門の時は押すな押すなの熱気むんむんであって、子供の私には少々きつい人ごみの中だった。
しかし初めて登った山頂で迎えたご来光は素晴らしく、さらに富士山をも見渡す事が出来て感激した。帰路は歩いていろは坂を下って、馬返しより路面電車に乗って帰宅した。もう45年も昔の事なのに、つい昨日の様に鮮やかに思い出す事が出来る。
その後、男体山には7回は登っているが、この登拝祭への参加となると、37年振りの事となっていた。
12時が近づくと、登山者達が何処からともなく集まって来た。私達の山の会では、日光修験者達の足跡を辿る研究グループ、「寒沢宿の会」の最後の山行をこのニ荒山からの登山コースに計画されていた。参加者は何名であろうかと、周囲を見回すと、前方に安藤リーダーや高村会長等4名が見え、早速「今晩は」の挨拶を交わした。
神官のお祓いを受け、11時45分山門を潜り、山頂を目指した。私のザックの中には神社より受けた安全登山札(金1000円也)が入っていた。今日の参加者は約50名と少なかった。
各人が懐中電灯やヘッドランプ等で足元を照らしつつ登る山の中、ここは登山道と言うよりも登拝路であったが、それも遥拝堂迄で、後は昨日の雨に濡れた登山道となった。
列をなしていた登山者達も徐々にばらつき出し、足元を照らすのは自分自身のヘッドランプだけとなって来た。
樹林帯の中を、ほぼ一直線に登り進むので、たちまちにして汗が噴出し、長袖シャッツを脱ぎ、さらに登り進んだ。
歩き始めて約1時間近くでアスファルトの林道に飛び出し、しばらくはこれを辿った。やがて鳥居の立つ4合目に0時45分到着。先行していた山の会のメンバーもここで休んでいた。私達もここで一息を入れた。
いよいよ急登の始まりである。笹原の中、登山道は深く水に掘り下げられてしまった。これを登り進むと、5合目の小屋。数人が休んでいた。
まもなく岩がゴロゴロしたガレ場に到達した。昔はここを一気に登り進んでいたが、火山砂礫の崩れ易い危険地帯で、これをつづら折りに登り進む。今はこれを避け、西側の樹林帯の中に登山道が出来て、これを辿って行く。そして再びガレ場の上部に戻り、さらに登ると7合目である。ここにも小屋があり、数人が休憩を取っていた。小屋の隣には滝尾神社が祀られていた。
さらに登ると、何時の間にか、登山者の姿は消え、私達3人だけが登山道を照らしていた。
再度休憩を取った後、ゴロゴロした岩に別れ、樹林の中へと道は入って行く。
山頂でご来光を仰げれば、今日の男体登拝を果たせる訳だから、何も急ぐ事はない。ゆっくりと登り進むと、やがて9合目を過ぎ、山頂の肩に近い火山砂礫帯へ達した。
山頂はもう直ぐである。後は砂礫の中に続く登山者の靴跡を、ゆっくりと踏みしめて登り進んだ。
3時30分、山頂に到着した。先ずは山頂に奉られた、ニ荒山神社の奥社の鳥居を潜り、早速拝礼を済ませた。
さらに神官よりお札を受け取り、さらに一等三角点標石へと移動した。
見覚えのあるテントにツェルト。中から聞こえる声は山の会の人達であった。
私達は三角点標石に触れた後、直ぐ隣にツェルトを広げ、3人で横になって日の出を待った。
やがて日の出が近づくと、山頂部には登拝者達が増え、私達の周囲にも30人以上が集まっていた。
雲は厚く、心配だったご来光、しかし私達の願いが届いたのか4時50分、赤く大きな太陽が雲の間よりゆっくりと昇って来た。私達は柏手を打ち、これを拝した。そしてカメラのシャッターを押した。久々の感動的ご来光であった。
5時、下山する。既に山の会の人達も下り始め、その後姿が確認出来た。彼等のペースと私達のペースでは大きく違い、その後は彼等の姿を見る事はなくなった。
7時30分、ニ荒山神社の登山口に到着した。時間は早くてもやはり温泉入浴が一番である。宇都宮とは逆方向の日光湯元温泉へと車を走らせ、ゆったりと湯船に浸かる事にした。
その後、標高についての再調査が行われ、従来の三角点標石の高さよりも、一段高い刀剣が立つ大岩の高さで標高を表示する訂正が行われた。これは登山者からの標高についての疑問に応えた国土地理院の再調査の結果であった。
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